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2019年2月 9日 (土)

「母と子の絆」(ポール・サイモン)は、「ヴェトナム」(ジミー・クリフ)のアンサー・ソングでは?

Paulsimonポール・サイモンの「母と子の絆(Mother and Child Reunion)」と、ジミー・クリフの「ヴェトナム(Vietnam)」の、関連について、個人的な考察です。

2012年7月15日、ポール・サイモンはイギリスのハイド・パークで野外コンサートを行いました。サイモンが、「僕の個人的なヒーローを紹介します」と言って、ジミー・クリフがゲストで登場。2人で、「ヴェトナム」と「母と子の絆」を、まるでメドレーのように歌いました。(そのライブ盤「The Concert in Hyde Park」は、コンサートから5年後にリリースされました。)2人の共演は感動的なサプライズでしたが、歌われた2曲のストーリーが、密接にリンクしていることに多くの観客が注目したはずです。この2曲の繋がりで、「母と子」の解釈がやっと分かったように思えます。サイモンの「母と子」は、クリフの「ヴェトナム」に触発されて作った可能性が高く、そのサイモンの曲は、クリフの曲への「アンサー・ソング」であるとさえ思うのです。

「明日に架ける橋」をリリース(70年1月)した後、サイモンは、アート・ガーファンクルと別れて、ソロとして再出発することを決心します。サイモンは、ソロ作品の構想にあたり、中南米の音楽を聴いている中で、ジミー・クリフの「ヴェトナム」に魅せられます。レゲエの本場、ジャマイカのミュージシャンを起用して曲を録音しようと、プロデューサーのロイ・ハリーと2人で、ジャマイカのキングストンに行きます。その録音のセッションは、かつて「ヴェトナム」が録音されたスタジオで、同曲の演奏にも参加した、ギター奏者ハックス・ブラウンを含むバンド・メンバーで行われました。現地のセッションをコーディネートしたのは、レスリー・コングという人で、この人は「ヴェトナム」のプロデューサーでした。その時の録音セッションで、作られたのが「母と子」です。セッションでは、サイモンは曲の構成をバンドに聴かせた後、演奏には参加しないで、バンドの自由に任せて演奏をさせたと、明らかにしています。歌詞も、録音セッションの時には出来ていなくて、後になって作ったということです。

その後、サイモンとハリーはニューヨークに戻り、ピアノ(「明日に架ける橋」で演奏しているラリー・ネクテル)やコーラス(ホイットニー・ヒューストンの実母のシシー・ヒューストンも参加)を加えて、サイモンの歌入れをして曲を完成させます。その曲は、72年1月にリリースされた、アルバム「Paul Simon」に収録されました。この曲の裏話を、サイモンは、72年6月に行われた「ローリング・ストーン誌」とのロング・インタビューで、披露しています。「歌のタイトルは、中華料理の店で食べたことのある、鳥と卵の料理名に由来している。飼っていた犬が死んだんだ、たった今までそこにいたのに、次の瞬間には居なくなっている。それがもし、ペギー(当時の妻)だったらどうしよう。死って何だろう。死とペギーの結びつきがかなうとしたら、天国のようなところかな。」歌詞には、そんな想いを込めたのだと語っています。この時のインタビューから、中華料理の名前だとか、犬の死や、妻の死への不安、といったサイモン自身のコメントが、後日、広く知れ渡ることになりました。

確かに、歌詞には、堪え難い悲しみを抱える心理が語られてるので、その悲しみが「死」であることは読み取れますが、死んだのは母なのか子なのかは良く分かりません。サイモンが語った、犬の死や、妻の死への不安、といったコメントも相俟って、解釈を読み解こうとするファンを悩ませることになりました。歌詞の意味、つまりストーリーは何か。サイモンがジャマイカまで録音に行って、作り上げた音楽は、「ヴェトナム」がお手本なのは間違いないでしょう。だから、私は、歌詞も「ヴェトナム」のイメージを膨らませたと考えるのは、的外れな想像ではないと思うのです。


Jimmy cliffジミー・クリフの「ヴェトナム」は、69年のアルバム「Jimmy Cliff」に収録された、彼の自作曲です。ストレートな反戦歌で、歌詞は、こう語られます。

『ヴェトナムで戦っている/友達から昨日手紙が届いた/『僕はもう直ぐ帰るとみんなに伝えてくれ』/次の日に、彼の母親にヴェトナムから電報が届いた/貴方の息子は戦死した/誰かお願いだから戦争を止めてくれ』

一方、「母と子」の歌詞はどうかというと。語り部を「母」にして解釈してみると、とても分かりやすく、腑に落ちます。まるで「ヴェトナム」の続きのようなのです。少し意訳しますが、こんな意味です。

『こんな奇妙で悲しみが満ちた日に/偽りの期待を持たせたくないけれど/母と子の再会は/ほんの先のモーション(a motion away)/私の愛する人よ(little darling of mine)/人生でこれ以上悲しい日は思い浮かばない/あるがままにと言われるけれど/そんな風にはいかない/こうやって人生は繰り返されるだけ/口にするのも変だけれど/信じることは出来ない/こんな奇妙な具合に/打ちのめされたことなんてないもの/こうやって人生は繰り返されるだけ/母と子の再会は/ほんの先の一瞬(a moment away)』

戦地で息子を失った「ヴェトナム」の母親の、受け入れがたい悲しみを癒すように、「再会」は簡単にかなうのだと、語っているようです。その再会の場所は、現実を超えたところを示唆しているようで、精神的で啓示的な意味も読み取れます。サイモンが語った、「結びつきがかなうとしたら、天国のようなところかな」と符合するように思います。それを軽快なレゲエのサウンドで歌う、サイモンの真骨頂を示した、まさに名曲です。

ところで、「母と子」の原型と思われるデモ・テープが存在しています(YouTubeで見つかります)。サビのメロディーを、「Lover, Lover, Come Back」と歌っています。歌詞も別物なのですが、のちに、その歌詞は「素晴らしかったその日(Was a Sunny Day)」(73年のアルバム「ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon)」)に発展したと、サイモン自ら語っています。確かに、「Was a Sunny Day」の歌詞の一部が、「母と子」のメロディーで歌われているのです。こんな事実からも、ジャマイカで録音した曲は、後になって、新たな歌詞が付けられた。その歌詞は、「ヴェトナム」に触発されたストーリーで、完成に至ったのではないか。と、想像するのですが。

冒頭に紹介した、サイモンとクリフの共演は、公式にはおそらく初めてでしょうか。「母と子」がリリースされてから、40年後のことです。楽屋で2人は何を話したのでしょうね。サイモン曰く「僕の曲は、君の曲のアンサー・ソングなんだ。2曲をメドレーで歌うのはどうだい。」、なんてね。

* 当サイトがリンクしている、「Sound of The Breeze」のマスターからの質問が、この私の記事のきっかけとなりました。「Sound〜」の2月5日の記事で、「Mother and Child Reunion」を取り上げているので、そちらもぜひお読み下さい。


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