カテゴリー「BOOK」の記事

2018年9月 3日 (月)

ポール・サイモンの評伝 ②:邦訳されている評伝

ロバート・ヒルバーン著の最新評伝『Paul Simon:The Life』は、残念ながら、まだ邦訳出版されていない。ポール・サイモンやサイモン&ガーファンクルの評伝で、過去に邦訳されているものもいくつかある。ヒルバーンの評伝でも、「参考文献」にリストアップされている評伝で、日本語で読めるのがこの3冊。

Psimon book2『ポール・サイモン』(パトリック・ハンフリーズ著、野間けい子訳、音楽之友社、88年)は、『The Boy in the Bubble; A Biography of Paul Simon』(by Patrick Humphries、1988)の訳本。今から30年前の著作で、時系列的には「グレイスランド」(1986)に至るまでの評伝となっている(「The Boy in the Bubble」は「グレイスランド」の収録曲名)。著者のパトリック・ハンフリーズは、ポップスやロックのアーティストを対象にした多くの評伝を著している、英国在住の音楽ライター。彼が著した評伝には、ビートルズ、エルビス・プレスリー、トム・ウェイツ、フェアポート・コンベンション、リチャード・トンプソン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ニック・ドレイク、など多数。近年も、ロニー・ドネガン(ロック誕生前50年代のスキッフルのアーティスト)の評伝を出している。

この評伝は、当時の社会背景や、音楽業界の潮流の解説に比重をおいて、ポールの半生を追跡している。ポールのアルバムごとの収録作品を、著者の考察で分析しているところが特色。エピソードとしては、「グレイスランド」にまつわるくだりが本書のハイライトになっている。80年の国連決議で、南アフリカへのボイコット政策に、芸術、音楽、スポーツなども含まれることなり、音楽業界も翻弄されて行く。ポールの「グレイスランド」にまつわる活動も、「非難」を受けながらも、南アの音楽を取り入れたその音楽性への評価と、ポールの音楽家としての革新的な姿勢が語られるところが、読みどころ。

著者は、この本の先だつ5年前に、『Bookends; The Simon and Garfunkel Story』(1982)という、サイモン&ガーファンクルの評伝を著している。邦訳は、『サイモン&ガーファンクル・ストーリー』(パンプキン・エディターズ訳、CBSソニー出版、83年)。これは、S&G2人を対象に、1981年のセントラル・パーク・コンサートまでを追った評伝。2人のアルバムや曲に対する、著者の批評は、辛口の「酷評」も目立ち、やや鼻白んでしまう。このS&Gの評伝は、5年後のポール・サイモン評伝の「下敷き」になった本。

S G book2他には、『サイモンとガーファンクル 旧友』(ジョゼフ・モレラ/パトリシア・バーレイ共著、福島英美香訳、音楽之友社、93年)という本もある。『Simon and Garfunkel: Old Friends: A Dual Biography』(by Joseph Morelia and Patricia Barey、1991)の訳本で、サイモンとガーファンクル2人のトム&ジェリーの時代から、90年に至るまでの評伝。

デュオの時代から、後年のソロや復活コンサートに至るまでの軌跡は周知の内容だが、いわゆる芸能情報的なゴシップ情報を満載に記録している。ポールとアートの、特にスターとなってからの、それぞれの結婚、離婚、女性関係、ドラッグ体験、関係者の実名を挙げてのトリビア情報量は圧巻。著者は、2人の創り出した名作や復活劇の裏に回って、潜在的な確執の関係や、私生活の波風を掘り下げる。ゴシップ的な情報量は驚かせられるほど満載だが、ミーハー的興味に終始していて、やや辟易するが。著者のジョゼフ・モレラは、米国のエンターテイメント情報誌「バラエティ」の元記者というから、芸能情報満載というのもうなずける。

翻訳評伝ではないが、日本の『サイモン&ガーファンクル全曲解説』(佐藤実著、アルテスパブリッシング、09年)は、「解説書」として稀有な良書である。S&Gデュオ作品から、ソロ作品、ベスト盤や映像作品に至るまで、全曲を網羅した解説書。作品ごとの背景の説明にとどまらず、詞や曲の専門的な分析に踏み込んでいて、著者の研究心には唸るばかりだ。ここまでの緻密な内容の、サイモン&ガーファンクルの「研究書」は、欧米にも無いだろう。ファンにとってのバイブルといっても過言ではない。書籍は絶版のようだが、電子書籍版がある。

2018年7月29日 (日)

ポール・サイモンの音楽人生を振り返る必読の評伝、『Paul Simon : The Life』by Robert Hilburn(2018)

Psimon bookthelifeポール・サイモンは、今年の2月に、演奏ツアーからの「引退」を発表した。5月から始まった全米や欧州をまわるツアーは、「Homeward Bound - The Farewell Tour」と名付けられ、文字どうりの引退ツアーとなっている。大掛かりなツアーは辞めても、「小規模なパフォーマンス」や、レコーディングの音楽活動は続けるようで、安心だが。音楽活動は60年にも及び、色あせない名曲の数々と、華々しい実績を積み重ねてきて、今年には77歳を迎える。本書は、その引退表明に合わせたように、タイミング良く出版された、そのポール・サイモンの評伝である。その名曲の数々に魅了されて来たファンにとって、読む価値のある良書だ。

著者は、ポップス音楽評論家のロバート・ヒルバーン。ロサンゼルス・タイムズ紙で30年以上に渡り、ポップスの評論を担当したキャリアの持ち主。他に、ジョニー・キャッシュについての評伝などの著作がある。本書は、ポール自身が承諾したという、「公式」と言ってもいい評伝だ。著者による、ポール自身への直接インタビューは、3年間を費やし、信頼関係の上に書かれた労作である。加えて、家族や友人、関係者への取材や、膨大なメディア記録の掘り起こしを通して、冷静に事実関係に基づいて描いた著者のストーリーテリングに、引き込まれて読了した。

本書は、ポールの音楽キャリアを、少年時代から時系列に振り返ることで展開するが、著者の意図は、ポールの人間性を描き出すことにある。アート・ガーファンクルとの友情と確執、私生活での度重なる別れや離婚、常に求めてきた家族愛。商業的な成功に隠れた失敗の数々を通して、浮き彫りにする。生活や創作活動苦心しても、ポールの人生は「ソング・ライティング」を中心に回っている。著者は、ポールの名曲の歌詞のいくつかを、効果的に文中に挿入する。その詩的で文学的な歌詞は、まるで私小説のようで、その時々のポールの心象風景であることを、再認識させてくれる。

ポールは、10代から音楽ビジネスに携わってきた。父親のルー・サイモンは、プロのベース奏者であった。「ヘイ、スクールガール」(58年)を発売する際の契約は、ポールとアートが未成年でもあったから、ルーが交渉に当たり、レコーディングでは自らベースを弾いている。10代から音楽ビジネスについて多くのことを学んだ事は、ポールの音楽キャリアの礎になっている。ポールは早くから自分の楽曲のロイヤリティや権利を獲得する契約を結んでいたという。50年代から60年代の音楽業界では稀なことで、その時代では「先駆的なソングライター」でもあった。このエピソードは、お金への執着心というより、自分の楽曲に対する愛情と、ビジネスセンスを表して、印象的だ。その後も、ポールは、音楽の追求と同様に、アルバムのセールスやコンサートの収益にも専心した。大手レーベルのコロンビアから、ワーナー・ブラザースに移籍後、不発の作品が続いた時には、音楽的な評価より「必ずセールスの挽回をしてみせる」と経営陣に約束したという。音楽的な関心はまだしも、セールスまでに責任を表明するようなアーティストは、当時は「稀有な」存在であった。ポールは、偉大な音楽家であると同時に、音楽ビジネスのプロフェッショナルなのだ。

ポールは、「時の流れに」(75年)や、「グレースランド」(86年)など、いずれもグラミー賞受賞に輝き、セールスにおいても大成功を収める。アフリカやブラジル音楽を取り入れた手法は、革新的な功績である。そんな輝かしい業績や名声に隠れて、いくつかの失敗的な局面や、批判に曝された出来事も本書は丁寧に描いている。ポールが主演して作った映画「ワントリック・ポニー」(80年)。サイモン&ガーファンクルの復活作となるはずが、最終的にポールの意思でソロ作品としてリリースした「ハーツ・アンド・ボーンズ」(83年)。いずれも、業界評価や商業的には、失敗となった作品だ。南アフリカのミュージシャンを登用して作った「グレースランド」も、当時、アパルトヘイト政策の南アフリカ政府の支援に繋がると誤解を招き、音楽以外の世論から非難されたりもした。ポール自身が私費まで投じたブロードウェイ・ミュージカルの「ケープマン」(97年)に至っては、大酷評を受けて、わずか3ヶ月で打切りとなった。業界の酷評に気を病み、築いた名声を心配して、新たな曲作りのスランプに落ちいるなどのエピソードは、ポールの人間性を浮き彫りにする、読みどころになっている。

アート・ガーファンクルとの「関係」も、それ無くしてポールの人生は語れない。2人の関係に「確執」があることは、以前から周知のことである。2人が16才でデビューした「トム&ジェリー」の時から、その「確執」は始まっていたと、著者は明かす。「トム&ジェリー」と並行して、ポールは「トゥルー・テイラー」という芸名で、ソロ・デビューするのだが、そのことを、アートは裏切りと受け取ったという。後年、アートが俳優として映画出演に傾倒することで、「サイモンとガーファンクル」の解散に繋がり、何度かの再結成でも、周囲は2人の関係に「危険な状況」を見ていたという。とは言え、70才に至るまで、何度となく、2人は再結成してステージに立っているのだが。そんな出来事の繰り返しは、確執といっても、「友人」であるからこその、少年同志のナイーブな「関係性」を感じてしまうのだが。

「彼がたとえ作曲に興味を無くすことになったとしても、作曲の方がいつも彼に興味を持っている。」ポールの友人トーマス・フリードマンの言葉を、著者は記している。ポール・サイモンの、ソング・ライターとしてのレゾンデートルを言い得て妙である。

さて、ポールは、新作のスタジオアルバム「In The Blue Light」を、9月にリリースする予定だ。過去の楽曲を、新しいアプローチで録り直した作品だという。本書の読了後だから、なおさらに余韻を味わってその新作を聴きたい。

2018年2月 3日 (土)

『What Is It All But Luminous』Art Garfunkel 著(2017)

Luminous

アート・ガーファンクルの自身による伝記である。半生を振り返った伝記だが、音楽活動の解説より、彼自身の生活や内面の考察に比重を傾けて書いた、「私的」な内容の伝記である。学生時代のポール・サイモンとの出会いや、トム&ジェリーのデビュー、S&Gの成功、映画俳優としての活躍、ソロアルバムの制作、S&Gの再結成、といった彼のプロフェッショナルな功績については、時間的なつながりにとらわれず、フラッシュバックのように語っている。彼の偉大な音楽的成功さえも、アメリカ大陸やヨーロッパのハイキング横断といった私的な活動や、家族のことと並列して、すべてを人生のエピソードとして、内省的な考察を焦点に語られる。

散文的な文章スタイル、メタファー的な引用を交えた「詩」で表現される文章の連続は、正直言って、オーソドックスな伝記のスタイルと(かなり)異なり、読みやすいとは言えないが、そういったユニークな表現方法からして、アートの人間性がうかがえる。かつての恋人の女優ローリー・バードの自死や、父親や兄弟の死、ポール・サイモンの実母の死去、マイク・ニコルズの死去、といった知人の死去と、一方で、妻のキャサリン・セルマックと、2人の息子への家族愛。彼の半生のストーリーとしては、その「対比」が印象的だ。
シンガーとしてのアートのファンとしては、断片的ではあるが、興味深い解説が読めて、嬉しい。彼が膨大な数の書籍を読みこなす読書家であること。今まで、およそ1200冊(!)を読みこなして、感動した書籍の150冊のリストを載せている。この伝記の「文章力」も、彼の非凡な読書量が裏付けなのだ。彼のiPodに入れている楽曲のリストも披露している。そこには、アート自身の曲はもちろん、ジェイムス・テイラー、スティーヴン・ビショップジミー・ウェッブ、といった、彼のアルバムではお馴染みのアーティストの曲が並んでいる。アートは、練習としてジェイムス・テーラーの歌を好んで歌うそうだ。近年は、2年間ほど、「声を失い」歌えなくなったこと苦境についても語っているけれど、そんなに悲観的ではなかった印象で、なんとも彼らしい。80年代後半に、ポール・マッカトニーや、ジョージ・ハリソンと、私的な交流機会もあったとか。トム&ジェリーのヒット曲「Hey Schoolgirl」は、エヴァリー・ブラザースの「Hey Doll Baby」に対抗して作り上げたとか。人生における25の功績リスト、というのもあって、1位はセルマックと結婚して2子を儲けたこと、2位が「明日に架ける橋」。ソロアルバムでは「Breakaway」や、出演映画では「愛の狩人」(マイク・ニコルズ監督の1971年作品)をトップランクにあげている。
彼の人生を変えた25の音楽レコードというリストもある。1位は、エンリコ・カルーソー(オペラ歌手)のオペラ「真珠採り」(ビゼー作曲)のアリア。2位は、アンドリュー・シスターズの「ラムとコカコーラ」(1945)。ナット・キング・コールや、ビング・クロスビー、サム・クック、ジョニー・マティス、ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ジョーン・バエズに、チェット・ベイカー、が並んでいる。
稀代のシンガーであり、スターであるアート・ガーファンクルだが、彼のレゾンデートルは、アーティストというより、「家族人」であり「人間」であることを告白している伝記なのだ。彼の書く文章と詩も、歌うこと以上に、重要な自己表現なのだろう。とは言え、願わくば、今度は、新しいアルバムで、シンガーとしての「歌声」を聴かせて欲しい。

2014年4月21日 (月)

「バート・バカラック自伝」 バート・バカラック著

Bbacharach_2 Anyone

バート・バカラックは、1928年生まれだから、おそらく85歳。いまだに、演奏公演も行っている巨匠であるが、過去60年にわたる作曲家人生と私生活を振り返ったのがこの自伝。私生活では、女優アンジー・ディキンソンとの結婚離婚、その後は、作品のパートナーでもあったキャロル・ベイヤー・セイガーとの結婚離婚、ひいては幸福をつかんだ現在の家族とのこと。ディンキンソンとの娘で、自閉症だったニッキーへの愛情と悲痛(彼女は他界してしまう。バカラックには「ニッキー」という作品もあり、後に、ハル・デヴィッドが詩を付けている。)。赤裸々に告白される人生は、大作曲家ゆえの、常人では経験できないような波乱に溢れている。自分自身で語る自伝に加えて、登場人物のコメントが差し挟まれるような構成は、映画的な臨場感があって素晴らしい伝記になっている。バカラックの人生についてはもちろんだけれど、音楽ファンとしては、数々の名曲や、音楽のパートナーとの逸話が興味深い。バート・バカラックと、作詞家ハル・デヴィッドは、1972年頃から共作しなくなるが、その原因は、ギャラについての軋轢が原因で、バカラックは、それを自分の過ちだと告白している。共作品がヒットを重ねていても、その賞賛は主に作曲家バカラックに向けられていた背景もあっての、失敗だったのだろう。2人が共作を続けていれば、どんなすばらしい作品が書けただろうかとバカラック自身、後悔を告白している。2人のパートナーシップは17年に及んでいて、名曲の数々で、デヴィッドの作詞が貢献をした過程と、共作の逸話をバカラックは明らかにしている。例えば、「アルフィー」は、「最高傑作」と評する歌詞が先に出来ていたので、8小節に10小節が加わった特徴的な曲になったとか。「雨にぬれても」は、映画「明日に向かって撃て!」の挿入歌だが、映画のシーンでは雨が降っていないのにあの歌詞なのは、仮歌でバカラックが歌った歌詞をそのままデヴィッドが採用したとか。アカデミー賞を取った「アーサーのテーマ」は、クリストファー・クロスの歌でヒットした名作だが、作品はバカラックとセイガー、クロス、とピーター・アレンが共作に名を連ねていて、個人的にもピーター・アレンがどこまで関与した作品か興味があった。実は、「月の光とニューヨーク・シティ〜」という一節の歌詞は、セイガーのアレンとのボツになった別作から取った歌詞を使ったので、4人が作者になったという。なにしろ、この本を読んだら、当然バカラックが聴きたくなるというわけで、。最新のリリースでは、「Anyone Who Had a Heart」(2013)という6枚組ボックス・セットが出ているが、ちょっとボリュームがありすぎるので、その編集CD2枚組(40曲入り)を聴いた。同じタイトルはiTunesでも配信されているが、契約の関係か一部の曲や曲順が違っている。キャロル・ベイヤー・セイガーとの共作時代の名作、パティ・ラベルとマイケル・マクドナルドのデュエット「On My Own」(1986)や、クリス・デバーの「Love Is My Desicion」(1988)、はCDでは聴けるが、iTunes版には入っていない。というように何曲か違いがあるので注意されたし。自伝の方には、日本版独自の詳細なディスコグラフィーが付いている。(訳:奥田祐土、発行:シンコーミュージック)

2013年8月 1日 (木)

「フレディ・マーキュリー 孤独な道化」レスリー・アン・ジョーンズ著

9784636881905_2

フレディ・マーキュリーが45歳で他界したのは、1991年11月24日。それから22年も経つというのに、彼の唄声は色褪せないし、史上最高のロックボーカリストの1人。とりたててクイーンのファンではなくても、「ボヘミアン・ラプソディ」や一連の名曲に魅せられない人はいない。この本は、フレディ・マーキュリーの伝記であるが、偉大なロック・ボーカリストの業績を詳細に掘り起こす内容ではない。彼の残した作品にまつわる裏話などももちろん出てきて興味深いが、コアなファンなら周知かもしれないので、そういった興味だけで読む本ではない。かくいう筆者も、クイーンはもちろん嫌いではないけれど、特にファンというわけではない。けれどこの評伝に引込まれてしまった。希代稀に見る成功の階段を駆け上がり、奇異に満ちた人生を最後は悲劇的に終わらせた、フレディ・マーキュリーというひとりの人間の姿に。彼の死因がエイズだったことや、男性女性に限らない奔放な交友関係、または、金任せの豪遊癖など多々のゴシップなどは、彼がいなくなった今でも、時にはおもしろおかしいく流布されている事実である。そういった「事実」の裏側で、フレディという人間が、彼自身の性癖に戸惑い、いつも罪の意識に苛まれ、家族を求め続けた人間で、その苦悩の表現として、対極的な生命力のあふれた楽曲を作り出していたのだ。フレディは、アフリカはザンジバル島のパールシー教徒の一家に生を受けた。彼はいわゆるペルシャ人であって、厳格な信教徒の家庭で育った。厳格ゆえに、家庭内の堅苦しい愛情表現で幼少期を過ごしたことが、大人になってから肉体的な愛情に固執してしまうと、フレディ自身も思っていたようだ。いわゆるアングロサクソン系の白人のロックスターが主流の時代に、フレディは自分自身の出自にしても隠していたから、フレディーのボーカルスタイルが、ステージに上がったとたん神がかりにパワフルなパフォーマンスを見せていたのも、コンプレックスの解決方法だったのかもしれない。彼がクイーンを率いて、怒濤のヒット曲を連発して成功して行く反面、私生活ではいつも苦悩していて、時に破壊的で、かつシャイで、友達や家庭を愛し、ユーモアに富んでいた人間性には、読んでいて心が打たれる。ちなみに、クイーンの「輝ける日々(These Are The Days Of Our Lives)」のプロモーションビデオでは、公式ビデオとしてはフレディの生前最後の姿が見れる。見るのも痛々しい姿だけれど、優しい唄声と彼特有のスタイルに拍手したい。ところで、ハリウッドではフレディの伝記映画の企画が進んでいるらしいが、監督も決まらないようで、主役に決定していたサシャ・バロン・コーエンも最近、降板したとかで、迷走中。(岩木貴子訳 出版:ヤマハミュージックメディア)

2013年2月17日 (日)

日本のジャズとラジオとジャズ喫茶「あの頃」を読む三冊

Photo_2 Photo 32845541

 

音楽評論家・相倉久人さん著「至高のジャズ全史」(集英社新書)は、日本のジャズ黎明期を、証人ならではの視点で語る。それはまるで格闘技のように、ジャズと闘うプレイヤーたち。著者の切り口は鋭くナイフのようで、まるでジャズのアドリブ。日本のジャズが、イデオロギーであり、熱狂であった時代。ピーター・バラカンさんの「ラジオのこちら側で」(岩波新書)。ラジオでおなじみのバラカンさんの、日本にやってきて異文化や音楽シーンと関わる半生。DJやラジオに対する思い入れと、音楽の多様性の支持は、Jポップばかりや商業主義への批判で、同感。ぼくもバラカンさんの番組は好きで良く聴くのだけれど、彼の番組でかかる音楽は、他では紹介されないような曲がかかり、開眼することが多い。彼は「音楽にはメジャーもマイナーも存在しない」と言っている、つまり、いい音楽とだめな音楽だけで、売れてるとか売れてないとか、ではないんだよね。音楽をどこで聴くのかも重要な要素。かつて、ジャズ喫茶が重要な場所だったあの頃。シュート・アロー著「東京ジャズメモリー」(文芸社)は、80年代の東京にたくさんあったジャズ喫茶を解説したエッセイ。かなりアナログでディープな解説が面白い。70年代後半から80年代初めに、東京のジャズ喫茶に入り浸っていた人には懐かしいはず。本の最後に語られる、ジャズ喫茶と関係はない、おまけのような、ネイザン・イーストとハンドパワーの逸話は、スムースジャズファンはぜひ読まれたし。

2013年1月14日 (月)

『レッキング・クルーのいい仕事』ケント・ハートマン著

Isbn906700592_3 彼らは「レッキング・クルー」と呼ばれた、いわゆるスタジオ・ミュージシャンの覆面チームだった。60年代から70年代に、ヒット・チャートを席巻した名曲の数々は、実際は彼らが演奏をしていた。この本は、当時のヒット曲の裏側を、ミュージシャンが誰だったかという単なる事実の暴露ではなく、それぞれのプレイヤーの人生が語られる。登場するのは、ビーチ・ボーイズ、ママス&パパス、フィル・スペクター、ジム・ウェッブ、ソニー&シェール、フィフス・ディメンション、グレン・キャンベル、モンキーズなどなど、彼らの名曲が生まれたストーリーが、演奏を支えたスタジオミュージシャンを中心に語られる。例えば、モンキーズの各曲は本人たちの演奏では無いということも、また、フィル・スペクターが名うてのスタジオミュージシャンをオーケストラのように使っていたのも、それぞれは周知の事実だし、バック・ミュージシャンに、ラリー・ネクテル、ハル・ブレイン、ジョー・オズボーン、などのプレイヤー名を、クレジットで見つければ「品質保証」だった。でも、それ以上のストーリーは語られることは無かったから、この本が彼らにスポットを与えただけでも興味深い。でも、この本の面白さは、単にヒット曲の隠された事実の解説だではなく、「アメリカン・ドリーム」の体現と、また栄光からの失墜を経験したような「主人公達」が、ロック・アンド・ロールの世界にもいたことを語っている事だろう。ヒット曲を商業的に大量生産していくビジネスが、70年代以降にはかたちを変えていく。ヒット曲の制作方法も近代化したり、画一的なポップスだけでなく多様な音楽を求められる時代がやって来て、やがて「レッキング・クルー」も消えていく。音楽ファンとしては、当時のヒット名曲にまつわる逸話の数々に胸が躍る。モンキーズの「亀裂」のきっかけや、ブライアン・ウィルソンやフィル・スペクターの制作現場、ジム・ウェッブやグレン・キャンベルの成功秘話や、「明日に架ける橋」や「遥かなる影」の裏話、などがリアルで「そうだったのか」と大いに知って特になる気分だ。読後に、登場する楽曲を、聴き直せば新たな発見がありそうだ。ちなみに、レッキング・クルーとはロサンゼルスを拠点としたチームのことだが、他都市にもご当地版のスタジオ・ミュージシャンのチームがあったそう。書中の解説によれば、例えば、デトロイトのそれは「ファンク・ブラザース」、ナッシュビルのカントリー音楽では「Aチーム」と呼ばれていたそう。以前紹介したナッシュビル発のフュージョンバンド「プレイヤーA」の意味するところも、ナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンのことかと、納得した次第。(発行:Pヴァイン・ブックス、訳:加瀬俊、)

About This Blog

  • スムーズジャズは、最高のコンテンポラリーミュージック。ググっとくるアーティストのバイブレーションを、リアルタイムで聴きたい。独断で選んだスムース系の新譜を紹介します。Since 2011。UGASAI
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

2015 Top Recommend (click)

  • Bob Boldwin「MelloWonder」
  • Brian Simpson 「Out of a Dream」
  • Jonathan Fritzen 「Fritzenized」

2014 Top Recommend (click )

  • Greg Manning 「Dance With You」
  • Rick Braun 「Can You Feel It」
  • Michael Lington 「Soul Appeal」
  • Ed Barker 「Simple Truth」

2013 Top Recommend (click)

  • Jeff Golub 「Train Keeps a Rolling」
  • Oli Silk 「Razor Sharp Brit」
  • Patrick Yandall 「Soul Grind」
  • Boney James 「The Beat」

2012 Top Recommend (click)

  • Euge Groove 「House of Groove」
  • Paul Brown 「The Funky Joint」
  • Chris Standring 「Electric Wonderland」
  • Vincent Ingala 「Can't Stop Now」
  • Phil Denny 「Crossover」