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2020年8月16日 (日)

トム&ジェリー(サイモン&ガーファンクル)についてのミニ研究(その1)

ポール・サイモンとアート・ガーファンクルが16歳の時、トム&ジェリー(Tom & Jerry)の名前で発売したシングル「Hey, Schoolgirl」(1957)は、ビルボードでは最高位49位のヒット曲になり、10万〜15万枚超のセールスを記録しました。ポップ・スターを夢見ていた10代の少年2人が、舞い上がるには充分過ぎる大成功でした。

しかしその後リリースした2枚のシングルはパッとせず、わずか半年で活動を終えます。レコード・ビジネスの現実と、取り巻く「大人」の事情に翻弄されて、2人の友情にも亀裂を残した苦い出来事になりました。2人がフォークソングのデュオとして再結成するのは、6年後の1963年でした。

ポールとアートは、ニューヨーク・クイーンズ地区のハイスクールの同級生で、エバリー・ブラザースの「Hey, Doll Baby」を下敷きに共作したオリジナル曲が「Hey, Schoolgirl」でした。2人に目を止めたのは、マンハッタンのレコード会社、ビッグ・レコード(Big Records)のオーナー、シドニー(もしくはシド)・プロセン(Sidney or Sid Prosen)という人でした。

ビッグ・レコードは、シングル盤をわずか10枚ほどを出しただけの小さなマイナー・レーベル。オーナーのプロセン氏は、自らも歌い、作曲編曲もこなす音楽家でもあり、プロモーター/プロデューサーでした。

トム&ジェリーとは、当時人気だったハンナ=バーベラ制作のアニメーションのキャラクター(ネコとネズミ)名をそのまま拝借しました。2人の本名ではユダヤ系の出自が明らかで、商業的には不利と判断したプロセン氏のアイデアでした。もともとデビュー前から、アマチュアとして使っていたコンビ名だったという説もあります。

2人のそれぞれの芸名も、アートはトム(もしくはトミー)・グラフ(Tom or Tommy Graph)、ポールはジェリー・ランディス(Jerry Landis)と名乗りました。アートは、数学好きで、特にヒット・チャートの動きをグラフ化するのが得意なことから付いていた「あだ名」だったようです。ポールは、付き合っていたガール・フレンド、スー・ランディス(Sue Landis)の苗字を拝借しました。その娘は、「Schoolgirl」のモデルだったのかもしれません。

「Hey, Schoolgirl」(B面「Dancin' Wild」)は、1957年11月に発売されました。その2曲と同時にレコーディングされていた「Our Song」は、5ヶ月経った1958年3月に、2作目のシングル(B面「Two Teen-Agers」)として発売。同年5月に、3作目「(Pretty Baby) Don't Say Goodbye」(B面「That's My Story」)を出しましたが、いずれも鳴かず飛ばずで終わります。サイモンとガーファンクルによるトムとジェリーの録音曲は、公式にはこの6曲のみです。

「Hey, Schoolgirl」の後すぐに、ビッグ・レコードがリリースしたのはポール単独によるソロ楽曲「True Or False」(B面「Teen Age Fool」)でした。その件は、事前にアートには伝わっていませんでした。つまり、トム&ジェリーより優先して、アートには内緒でポールのソロ・シングルが発売されたのです。それを原因に、2人の仲は決裂してしまいます。2作目を出した1958年の春にはもう、2人は絶交状態でした。それ以降5年間、お互いは口も聞かなかったそうです。アートは、後年までその事件を「ポールの裏切り行為」だと回想しています。

ポールをソロの歌手として、エルビス・スタイルで歌わせたのは、プロセン氏のアイデアでしたが、ポールの父親ルー・サイモンが関わっていました。

ルー・サイモンは、ニューヨークのダンス・クラブやパーティーなどに出演するバンドで演奏するプロのベース奏者でした。「Schoolgirl」のレコーディングでも、ルーがベースを弾いています。

プロセン氏は、ポールのソロ企画を、ルーに持ちかけて契約に持ち込んだようです。ポールとアートは未成年でしたから、契約の主体者ではありませんでした。ルー自身のレコードも出そうと約束したディールだったのではないかと想像します。やり手のプロセン氏の手玉に乗せられたサイモン親子という情景が見えるようです。

「True Or False」の作者は、ルー・サイモンです。B面「Teen Age Fool」はポールのオリジナル楽曲。両曲ともエルビス・プレスリーをモデルにした、典型的なロカビリー曲でした。「True Or False」の後には、リー・シムスと彼のオーケストラ(Lee Simms And His Orchestra)名義のシングル盤、「Blue Mudd」(B面「Simmer Down」)がリリースされました。リー・シムスとは、ルー・サイモンのことです。両曲とも、L.SimonとS.Prosenとクレジットされた2人の共作によるインスト曲だったようです。(この曲はYouTubeでも見つからず、聴けませんでした。)

トムとジェリーの2枚目からは、アーティスト名として、トム&ジェリーとリー・シムス・オーケストラ(Lee Simms Orch.)というクレジットが入っています。この事実からも、プロセン氏とルーが、未成年2人を蚊帳の外に、意気投合したのではないかと推察するのです。

(つづく)

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