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2021年5月16日 (日)

“魔法”をレコーディングした名プロデューサーの生涯:『The Ballad of Tommy LiPuma』 by Ben Sidran (2020)

本書は、グラミー賞受賞5回を数える名プロデューサー、トミー・リピューマ(1936-2017)の人生と功績を振り返る評伝です。著者は、ジャズ・シンガー/ソング・ライター/プロデューサーのベン・シドラン。シドランは、自身の自伝やジャズ評論などの著作を残している文筆家でもあります。

シドランいわく、リピューマはとても良くしゃべる人だったようで、彼から聞いたはなしをまとめたそうです。シドランの筆致は簡潔で読みやすく(ただしスラングが多いです)、リピューマ自身のユーモアたっぷりの語りを聞いているようで、親密な距離感を感じる良書です。

リピューマとアーティストとの交流や、名作にまつわるストーリーは、音楽ファンにとって必読の内容です。ジョージ・ベンソン、マイケル・フランクス、ドクター・ジョン、マイルス・デイヴィス、ナタリー・コール、ダイアナ・クラール、レオン・ラッセル、ポール・マッカートニー等々といったトップ・アーティストや、盟友のエンジニア、アル・シュミット(本年4月逝去)に、レコード業界の重鎮が続々と登場して、逸話の数々が活き活きと語られます。

一方で、本書はもっと骨太い分脈にこそ読む価値があります。リピューマの人生談は、幼少期から晩年にいたるまで、映画のようにドラマチックな展開です。アメリカのレコード業界の黄金時代からの興亡は、中心人物であったリピューマの証言は貴重な内容です。

リピューマは、アメリカのクリーブランドで、イタリアのシシリー出身の移民大家族に育ちました。幼少期には、感染症を悪化させた骨髄炎のために、12歳になるまで長年入院と手術を繰り返します。それが原因で、終世、杖をついて生きることになりました。ハンディキャップを抱えた孤独を癒したのがラジオで聴いたR&Bやジャズでした。18歳で高校を中退して家業だった理髪店で理髪士になりますが、同時にバンドのジャズ・サックス演奏に情熱を傾けていました。

理髪店の客にレコード業界の人がいたことから、チャンスが巡ってきます。単身ロサンジェルスにわたり、レコード会社のプロモーション・マン(ラジオのDJ相手にレコードを売り込む営業マン)からキャリアをスタートします。やがてA&Rマンを経てプロデューサーになります。アカデミックな音楽の経験はなくとも、レコーディングの現場を知り尽くし、レコード業界の成長とともにチャンスをつかんでいきます。60〜70年代のレコード業界の成長期が、酒やドラッグとジョークにあふれた人間関係で成り立っていた逸話の数々はとにかく面白く、その時代へのリピューマの深い想いがわかります。

プロデューサーになってからの成功で、彼は高みへと上り詰めます。A&Mレコードや、ワーナー・ブラザース、エレクトラ、GRP/ヴァーブ、といったメジャー・レコードの役職を歴任して、最終的にはヴァーヴ・レコードの会長職に上り詰めました。一時は、アメリカのジャズ・レコードの50%のシェアを手中にするポジションについたといいますから、彼なくしてアメリカのレコード業界は語れないということです。

90年代以降メジャー・レコード会社の経営トップになった後も、スタジオ・ワークから離れていく境遇に、居心地の良さを感じることはできず、現場のスタジオ・ワークへの憧憬を持ち続けていたようです。

プロデュースやレコーディングについて、リピューマはならではのスタイルや哲学の語りも興味深いところです。とにかく、リピューマにとって音楽をレコーディングすることは、彼の人生の証であったのです。

「スタジオに入って、魔法を誘いだすんだ。スタジオのミュージションにとっては、魔法のようなグルーヴがどこからやってくるか知っている。」「グルーヴがすべてさ、それは共感する魂の交流なんだ。魔法が生まれる環境を整えるのが、プロデューサーの仕事さ。」

「素晴らしいパフォーマンスのレコードを聴くとき、君は“魔法の絨毯”に乗っているようなもの。素晴らしいパフォーマンスに時間や全てを忘れることができる。レコーディングはその瞬間を捕まえることなんだ。その瞬間のおとずれが分かり、テープに記録できることが、私の誇りなんだ。」

リピューマが残してくれた“魔法の絨毯”に、今でも私たちは乗ることができるのですね。

ちなみに、本書(原書キンドル版)の各章の末尾にはスポティファイのプレイ・リストへのリンクが貼られていて、著者のシドランが選んだソング・セレクション(およそ80曲)を聴くことができます。

個人的には、リピューマのプロデュース作品のなかでは、70年代のホライズン・レーベルは愛聴する音盤が多いです。スムーズジャズを先取りしていたような、マーク=アーモンドやニール・ラーセン、ドクター・ジョンなど名作の宝庫です。リピューマも、当時はまだスムーズジャズとは呼ばれていなかったと振り返っています。良い作品でも時代が早すぎたのでしょうか。残念ながら、ホライズンやブルーサム(デイブ・メイソンやニック・デカロなど)のカタログは現在フルには再発されていないようです。今後、再発されることを願っています。

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