カテゴリー「BOOK」の14件の記事

2022年9月25日 (日)

スターたちとの交遊録が面白すぎるスティーヴン・ビショップの自伝:『On And Off: An Autobiography』by Stephen Bishop(2022)

個人的に、デビュー作以来愛聴してやまない、シンガーソングライターのスティーヴン・ビショップが初めての自伝を書き下ろしました。

いくつかの短文をあつめた章と、少し長い文章が交互に並んでいます。短文には連番がふってあり、およそ80のコラムからなっています。それぞれのエピソードは、主題も時系列もランダムでコラージュするような構成が個性的です。

サンディエゴでの少年時代、ステップ・ファザー(継父)との確執、下積みから始まる音楽業界での経験、代表的なアルバムや曲にまつわるエピソード、曲作りの流儀など、ナイーヴな心情も交えながらユーモアを絶やさないことばで語ります。

ユニークなのが、数々のセレブについての記述です。友人として交流のあるエリック・クラプトンやフィル・コリンズにはじまり、ホイットニー・ヒューストン、マイケル・ジャクソン、ケニー・ランキン、ポール・サイモン、ジェーン・フォンダ、スティーヴ・マーティン、ドナ・サマー、ジミー・ウェッブ、ランディ・ニューマン、バート・バカラックなどなど、ひろく音楽/映画業界のおよそ40人は下らないスター級有名人が登場します。

広い交友関係に加えて、自虐ネタや突飛な失敗談などたわいのないトピックスも多く、いわく「それだけのことなんだけど」とむすびます。ユーモアにあふれた語り口は、寸劇を読むような面白さです。

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2022年7月17日 (日)

ポップスの時代を支えたサウンドの職人ビル・シュネー:『Chairman at the Board: Recording the Soundtrack of a Generation』 by Bill Schnee(2021)

ビル・シュネーは、 ポップスの黄金期代に、数々の名曲名作のレコーディングを手がけたエンジニアでありプロデューサーです。本書は、シュネー自身が50年を超える豊富なキャリアを振り返った回顧録です。

1947年生まれのシュネーは、10代からオーディオやポップス(ビーチボーイズで開眼)に熱狂して、レコーディング・エンジニアを目指します。ハリウッドの地方スタジオの下働きから始まり、レコード会社の専属エンジニアを経て、23歳でリチャード・ペリーの片腕として頭角を現しました。その後大手レコード会社や多くのポップス/R&B系アーティストのレコード制作に関わり、高い評価を獲得してきました。

レコード制作を支えたエンジニアおよびプロデューサーとして、レコーディングの現場やアーティストの横顔に触れた立場ならではの舞台裏を書き綴っています。

登場するアーティストは、スリー・ドッグ・ナイト(21歳でセカンド・アルバムのエンジニアに抜擢)、カーリー・サイモン、リンゴ・スター、マーヴィン・ゲイ(没後リリースの『Vulnerable』のミキシング)、スティーリー・ダン(『Aja』のエンジニア・チームの一員としてグラミー賞エンジニア部門賞受賞)、マイケル・ジャクソン(ジャクソンズのライブ盤『Jacksons Live!』のレコーディングとミキシング)、マーク・ノップラー(チェット・アトキンスとのデュオ・アルバム『Neck and Neck』のミキシング)など多数、ポップスの一時代を網羅する顔ぶれです。

またプロデュースを手がけた、パブロ・クルーズ(『A Place in the Sun』)、ボズ・スキャッグス(『Middle Man』)、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース(デビュー・アルバム)などは、プライベートな親交も紹介して深い思い入れが語られます。

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2022年4月10日 (日)

ポップス界の名プロデューサー、リチャード・ペリーの回顧録:『Cloud Nine : Memoirs of a Record Producer』by Richard Perry(2021)

リチャード・ペリーは、1970年代〜80年代に数多くのヒット・アルバムを生み出した、米国ポップス界を代表する人気プロデューサーです。本書はペリー自身による自伝で、手がけたヒット作品を中心に私生活も振り返った回顧録です。

題名の「クラウド・ナイン」とは至福をあらわす決まり文句ですが、ペリーが23歳で始めたレコード制作会社「Cloud Nine Productions」にも命名した言葉です。半世紀を超えるプロデューサー人生が、事業も私生活も成功に彩られた至福の歩みであったことを物語っているようです。

私自身個人的にも愛聴してきたニルソンの『Nilsson Schmilsson』(1971)やカーリー・サイモンの『No Secrets』(1972)、アート・ガーファンクルの『Breakaway』(1975)に加えて、バーバラ・ストライザンド、リンゴ・スター、ポインター・シスターズ、レオセイヤー、ダイアナ・ロス、ティナ・ターナー、ロッド・スチュワートらそうそうたるスター達とのレコード制作に関わるストーリーの数々に引き込まれます。

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2022年2月20日 (日)

マイケル・ブレッカーをたたえる悲しみの伝記:『Ode to a Tenor Titan:The Life and Times and Music of Michael Brecker』 by Bill Milkowski (2021)

本書は、サックス奏者マイケル・ブレッカー(1949-2007)の生涯をつづった伝記です。著者はジャズ評論家のビル・ミルコフスキー、他の著作にジャコ・パストリウスやパット・マルティーノらの伝記があります。

マイケルは闘病(骨髄白血病)の末、2007年1月13日に永遠の眠りにつきました(享年57)。

マイケルのキャリアでまず思いうかぶのは、70年代の<ドリームス>、フュージョンの先駆的バンドでした。80年代に大活躍した<ブレッカー・ブラザース>は、強烈な熱量に圧倒されたフュージョンのスター・ユニット。続く<ステップス>や<ステップス・アヘッド>は、ジャズの本流を未来的な完成度へ高めたグループでした。数々のソロ作品では、ジョン・コルトレーンのイディオムを進化させた、稀代のインプロヴァイザーとして記憶に焼きついています。

ジャズだけでなく、ポピュラー音楽で多くのアーティストの作品に印象的な客演を残しました。ジェイムス・テイラーやポール・サイモンらの楽曲で披露した、短いながらも数々の名演は忘れられません。

本書の著者は、親交のあった共演者や関係者の膨大なインタビューやマイケルが残したインタビュー記事などを引用して、レコーディングやツアーの足跡を時系列に網羅していきます。音楽的な活動に加えて、交友関係の証言から人間マイケル・ブレッカーを浮き彫りにしたところが、本書の核心でしょう。

家族や友人を大事にして、奥ゆかしくユーモアにあふれた、マイケルの愛すべき人となりがエピソードを紡いで語られます。

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2021年5月16日 (日)

“魔法”をレコーディングした名プロデューサーの生涯:『The Ballad of Tommy LiPuma』 by Ben Sidran (2020)

本書は、グラミー賞受賞5回を数える名プロデューサー、トミー・リピューマ(1936-2017)の人生と功績を振り返る評伝です。著者は、ジャズ・シンガー/ソング・ライター/プロデューサーのベン・シドラン。シドランは、自身の自伝やジャズ評論などの著作を残している文筆家でもあります。

シドランいわく、リピューマはとても良くしゃべる人だったようで、彼から聞いたはなしをまとめたそうです。シドランの筆致は簡潔で読みやすく(ただしスラングが多いです)、リピューマ自身のユーモアたっぷりの語りを聞いているようで、親密な距離感を感じる良書です。

リピューマとアーティストとの交流や、名作にまつわるストーリーは、音楽ファンにとって必読の内容です。ジョージ・ベンソン、マイケル・フランクス、ドクター・ジョン、マイルス・デイヴィス、ナタリー・コール、ダイアナ・クラール、レオン・ラッセル、ポール・マッカートニー等々といったトップ・アーティストや、盟友のエンジニア、アル・シュミット(本年4月逝去)に、レコード業界の重鎮が続々と登場して、逸話の数々が活き活きと語られます。

一方で、本書はもっと骨太い分脈にこそ読む価値があります。リピューマの人生談は、幼少期から晩年にいたるまで、映画のようにドラマチックな展開です。アメリカのレコード業界の黄金時代からの興亡は、中心人物であったリピューマの証言は貴重な内容です。

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2019年3月31日 (日)

ジョージ・ベンソンの原点を探る伝記:『Benson: The Autobiography』by George Benson (2014)

ギター奏者ジョージ・ベンソンの自伝。幼少の頃からの音楽キャリアを振り返る回顧録。共著は、音楽ジャーナリストのアラン・ゴールドシャーという人。ゴールドシャーの著作には、ゾンビーズ、アート・ブレイキー、ニルバーナといったミュージシャンをテーマにした評伝やフィクションがある。また、プロのベース奏者でもあるという。本書は、ストレートな物言いや、肩の張らない表現、リズム感のある文体で構成されていて、まるでベンソン自身の語りを聞いているような、臨場感のある伝記だ。

ベンソンがギター奏者として、70年代にCTIレーベルの諸作品で脚光を浴び、「Breezin'」(1976)の大ヒット、シンガーとしても大スターに上り詰めるのは、周知された成功物語だ。ヒット作品を連発する頃のエピソードはもちろん興味深いが、面白いのはスターになる前の若きベンソンの話。10代の頃や、新米ギター奏者としての体験、有名ミュージシャンとの交流談がとりわけ引き込まれる。

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2018年12月16日 (日)

ポール・サイモンの評伝 ③:『Homeward Bound: The Life of Paul Simon』by Peter Ames Carlin(2016)

ポール・サイモンの評伝を読んでみる「シリーズ」です。(勝手にやってるのですが)

今年出たロバート・ヒルバーン著の『Paul Simon:The Life』に先立つこと、2016年に出たこの本は、ピーター・エイムズ・カーリンという人の書いた評伝です。米国音楽雑誌「Rolling Stone」誌が毎年選んでいる、「ベスト・ミュージック・ブックス」の2016年度の1冊にも選ばれています。著者のカーリン氏は、米国の音楽ジャーナリストで、他の著作には、ブルース・スプリングスティーン、ポール・マッカートニー、ブライアン・ウィルソンについて著した各評伝があります。

この本は、ポール本人は認めていない、つまり「非公認」の評伝です。ポール自身へのインタビューも認められず、ポール・サイドからは出版に対する圧力もあったそうです。それでも、膨大な過去のインタビューや記事を掘り起こし、関係者への取材を通して、ポールの足跡を驚くほど詳細に調べ上げた力作になっています。「非公認」とはいえ、面白さは一級の評伝です。

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2018年9月 3日 (月)

ポール・サイモンの評伝 ②:邦訳されている評伝

ロバート・ヒルバーン著の最新評伝『Paul Simon:The Life』は、残念ながら、まだ邦訳出版されていない。ポール・サイモンやサイモン&ガーファンクルの評伝で、過去に邦訳されているものもいくつかある。ヒルバーンの評伝でも、「参考文献」にリストアップされている評伝で、日本語で読めるのがこの3冊。

『ポール・サイモン』(パトリック・ハンフリーズ著、野間けい子訳、音楽之友社、88年)は、『The Boy in the Bubble; A Biography of Paul Simon』(by Patrick Humphries、1988)の訳本。今から30年前の著作で、時系列的には「グレイスランド」(1986)に至るまでの評伝となっている(「The Boy in the Bubble」は「グレイスランド」の収録曲名)。著者のパトリック・ハンフリーズは、ポップスやロックのアーティストを対象にした多くの評伝を著している、英国在住の音楽ライター。彼が著した評伝には、ビートルズ、エルビス・プレスリー、トム・ウェイツ、フェアポート・コンベンション、リチャード・トンプソン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ニック・ドレイク、など多数。近年も、ロニー・ドネガン(ロック誕生前50年代のスキッフルのアーティスト)の評伝を出している。

この評伝は、当時の社会背景や、音楽業界の潮流の解説に比重をおいて、ポールの半生を追跡している。ポールのアルバムごとの収録作品を、著者の考察で分析しているところが特色。エピソードとしては、「グレイスランド」にまつわるくだりが本書のハイライトになっている。80年の国連決議で、南アフリカへのボイコット政策に、芸術、音楽、スポーツなども含まれることなり、音楽業界も翻弄されて行く。ポールの「グレイスランド」にまつわる活動も、「非難」を受けながらも、南アの音楽を取り入れたその音楽性への評価と、ポールの音楽家としての革新的な姿勢が語られるところが、読みどころ。

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2018年7月29日 (日)

ポール・サイモンの音楽人生を振り返る必読の評伝、『Paul Simon : The Life』by Robert Hilburn(2018)

ポール・サイモンは、今年の2月に、演奏ツアーからの「引退」を発表した。5月から始まった全米や欧州をまわるツアーは、「Homeward Bound - The Farewell Tour」と名付けられ、文字どうりの引退ツアーとなっている。大掛かりなツアーは辞めても、「小規模なパフォーマンス」や、レコーディングの音楽活動は続けるようで、安心だが。音楽活動は60年にも及び、色あせない名曲の数々と、華々しい実績を積み重ねてきて、今年には77歳を迎える。本書は、その引退表明に合わせたように、タイミング良く出版された、そのポール・サイモンの評伝である。その名曲の数々に魅了されて来たファンにとって、読む価値のある良書だ。

著者は、ポップス音楽評論家のロバート・ヒルバーン。ロサンゼルス・タイムズ紙で30年以上に渡り、ポップスの評論を担当したキャリアの持ち主。他に、ジョニー・キャッシュについての評伝などの著作がある。本書は、ポール自身が承諾したという、「公式」と言ってもいい評伝だ。著者による、ポール自身への直接インタビューは、3年間を費やし、信頼関係の上に書かれた労作である。加えて、家族や友人、関係者への取材や、膨大なメディア記録の掘り起こしを通して、冷静に事実関係に基づいて描いた著者のストーリーテリングに、引き込まれて読了した。

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2018年2月 3日 (土)

『What Is It All But Luminous』Art Garfunkel 著(2017)

アート・ガーファンクルの自身による伝記である。半生を振り返った伝記だが、音楽活動の解説より、彼自身の生活や内面の考察に比重を傾けて書いた、「私的」な内容の伝記である。

学生時代のポール・サイモンとの出会いや、トム&ジェリーのデビュー、S&Gの成功、映画俳優としての活躍、ソロアルバムの制作、S&Gの再結成、といった彼のプロフェッショナルな功績については、時間的なつながりにとらわれず、フラッシュバックのように語っている。彼の偉大な音楽的成功さえも、アメリカ大陸やヨーロッパのハイキング横断といった私的な活動や、家族のことと並列して、すべてを人生のエピソードとして、内省的な考察を焦点に語られる。

散文的な文章スタイル、メタファー的な引用を交えた「詩」で表現される文章の連続は、正直言って、オーソドックスな伝記のスタイルと(かなり)異なり、読みやすいとは言えないが、そういったユニークな表現方法からして、アートの人間性がうかがえる。

かつての恋人の女優ローリー・バードの自死や、父親や兄弟の死、ポール・サイモンの実母の死去、マイク・ニコルズの死去、といった知人の死去と、一方で、妻のキャサリン・セルマックと、2人の息子への家族愛。彼の半生のストーリーとしては、その「対比」が印象的だ。

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